2013年4月29日月曜日

今日見た動画




このプレゼンの優れていると思ったのは、単純に統一教会が邪悪だといってるんじゃなくて、「カルト」の一般的特徴について論じているところにあるんじゃないかと思った。

邪悪なのは、物事を簡単に考えさせるための単純な善悪二元論であって、心の弱った人に、教祖などの存在を通して「善」と「悪」という単純な二元論にものの考え方を収束させ、その「善」の実現のためだと言って、実質的に、拉致やテロ行為など「悪」の行為をさせてしまうこと。

自分が正しいって信じて疑わない、っていうのが、実は一番危険な行為なのかもしれないよね。

ただ常に自分が正しいのか?と振り返ってみたり、周りの人間も正しいのか?さらには、今のこの国はおかしくないか?っていう態度、人生送るには、結構疲れるときもあるかもだよね。

2013年4月23日火曜日

埼玉のライオンと地獄のハゲタカ犬・ケルベロスの戦い

 
埼玉では、この西武対サーベラスの対立が話題のようだ。

それもそのはず、いわゆる「ハゲタカ」であるサーベラスが、もっと西武の株式を買い増して、その4割を取得することで、自分の息のかかった役員をもっと送り込んで、不採算部門の整理、なかでも西武ライオンズと西武鉄道の不採算部門の整理をしろと言ってきているようであるからであります。

(サーベラスは英語読みでわかりにくいけど、実は地獄の番犬、ケルベロスの意味らしい。名前からして悪の組織っぽい( ゚д゚ ))


今、西武は持っている鉄道がいくらかあるわけなんですが、その中でも廃止対象に挙げられている地域の地元の人たちが、それを知って、自分たちの生活インフラが廃止されてしまう、ハゲタカマジウゼー、ふざけんな!的な勢いで盛り上がってきているようです。

ところがこのハゲタカであるサーベラスは、ほかのニュースを見ると「そんなこと言ってないデース」とか「重要性を理解してマース」とか言っていて、西武ライオンズの売却も西武鉄道の不採算部門もそのままにします、今のままです、ほんとそのままなんです的な感じで発言を続けているところのようです。

この話は、西武とサーベラスが、いよいよ上場に向けて進んでいっている途中で、予想した株価にならないことが原因で、サーベラスがもっとあーしろこーしろ言ってる話がこじれて、西武側がキレて「このクソハゲタカがこんなこと(公共性を無視して金儲けの材料にして我々の生活を破壊するようなこと)を言ってますよ!」を関係の地元の皆さまに暴露した結果、関係者が「ぬぁぁぁにぃぃぃ(怒)」みたいな形になっているようであり、そもそも発端としては、どうやら本当に赤字のものはみんな切り捨てて、株式再上場時に高い株価を付けて売り抜けたい、というのが狙いだったようです、が、はたしてこの話、今後どうなるのかなー、という意味では、プロ野球を見るより、かかってるお金とか生活とか気合いや本気度が違う分だけ、見ていてドキドキする感じがします。

だけどこの話、そもそも西武グループ自体が、なんで今のような形になってしまったのか、税金をちゃんと払わないビジネスモデルが批判されて今のような地位になったんじゃね?とか、現在の経営の流れを汲むのが本当に社会にとってプラスなのか?とか、公益があるからと言って、私企業が赤字の事業をその裏付けもなく続けていていいのか?とか、あるいはこういうニュース自体が人々の耳目を引くことで株式の価格に影響させるためにやっているのか?とか、いろいろと考えどころもあります。

まあ、ハゲタカさんの考えは、安く買った株を、とにかくいろいろやって高く売り抜けて金儲けしたい、ついてはそのせいで誰かが泣いても別に構いません、それだけじゃないかと。
(但し、自分が悲しい目になることは除く、みたいなね。)

決戦は6月です。ニュースをお楽しみに。

地平を駈ける獅子を見た☆-(ノ゚Д゚)八(゚Д゚ )ノイエーイ 

歌:松崎しげる

2013年2月17日日曜日

人間関係に潜む法則


最近、「マインド・コントロールとは何か」という本を読んでいる。一回ざっと読んで、今二周目あたり。なかなか良い本だと思う。

これは、マインド・コントロールというものをテーマに選んでいるのだけれども、実はその中身は「社会心理学」の本である。
では、社会心理学とは何かというと、「実在する他者や想像の上で他者を想定することによって、個人や集団の行動がどのようになるのかを科学的に研究する学問である。」とある。ふむ。

社会心理学は、人間集団の各メンバー、あるいはその集団の動き方を研究するものであって、自分の理解では、スポーツにおけるアスリートがセルフ・コントロールすることや、メンタルを整えるのに使うテクニックと大差ないように思える。
結局のところ、人の動きをどう科学するかということであるから、積極的に自分自身をコントロールしようとしなくても、そもそも論として、人々がその存在に気がつくか否かには関係なく、例えば政治や宗教、商売のみならず、職場や学校での人間関係に至るまで、そこに人と人の間の人間関係が存在する限り、「人間関係に潜む法則」というものが隠れていることを示唆している。

さらに言うと、これを理解することによって、他者をマインド・コントロールできるということであって、それを制している層が、実はこの世の中をコントロールしているようにも感じる。
そんなわけで、ちょっとおもしろいワードを拾っていってみたい。

1.グループ・ダイナミクス

 元々集団にはたらく力についての学問を指す言葉。何が集団に力を与えるか、どんな条件がその力を変えるのか、その力はどんな結果を集団にもたらすのかといったことを科学的に研究することを指す。
 結論としては、群集心理とリアリティの構築、つまり知覚された現実感の構築である、とある。
 ふむ、ちょっと難解・・。

 人間にとって、それが正しいか否か、というのを判断する材料というのはどこにあるのだろうか?
 理性的な人間なら、それは論理であるのかもしれないけれども、もちろん論理というのは何かの対象物があって、それに対する理解が前提であるから、一見矛盾のない、あるいは理屈として存在が可能な場合には、あるもの、ある状況を否定することはできなかったりする。そこで、他者の動きや、これまでの経験に照らしてどう動くべきかを決定しようとする。

 そんなこともあって、例えば群集心理においては、まず群衆状態が人に暗示性を高める効果を持つ。

 いわゆる「みんなやってますよ。あなたは?」というやつで、これは特に日本においては強力なプレッシャーとして存在しているようだ。
 しかし、これは日本人だから特に、ということではなく、例えばナチス政権下のドイツでは、この心理状態を上手に使う政治集会を開いた。例えば、人数に比して狭すぎる部屋に群衆を入れて、さらに熱心な支持者を最前列に配置するなどしてしたようだ。つまり、こうやって、演説や意見にリアリティがあることを、その参加者に植え付けようとしたわけだ。

 こういう環境では「集合的無知」と呼ばれる現象が発生する、とある。

 人は、同じような状況下にいる周囲の人々の中で、自分一人が逸脱した行為を避けるため、(実は誰一人として)「正しい」とは思っていない行為であっても、その場にいる全員が、そのような状況下で与えられた規範に遵守した行動を行ってしまうことを言う。
 有名な例としては、900人もの信者が集団自殺を行った、ガイアナの「人民寺院事件」では、教祖が「自殺せよ」という命令を下し、それに従った信者が多くいたため、その状況に影響されて信者は次々に自殺するという事件が起きた。

 中にはその命令に従うのがイヤだった人がいたはずだけれども、こういう例を見ると、他者と規範を共有しようという力は、人間のこころにおいては、非常に強いものがあるということがわかる。
 つまり、人間集団はある枠に閉じこめておいて、ひとつの規範を作って維持できれば、従わせるのは割と簡単なものらしい。
 しかも、おもしろいのは、それが強制されてそうなったというものではなく、各メンバーに自分自身の判断でそうした、と思わせることが可能なところがミソなわけである。

2.ビリーフ・システム

 ビリーフというのは、例えば「○○という場合」、人が「~するべき」あるいは「~しなきゃいけない」と思うこと。あるいは「○○って××だよね」と考えるパターンのようなものであって、例えば「神が宇宙を作った」「A型の人は几帳面だ」「政治家は腹黒い」「霊界がある」などが例に挙げられる。ビリーフというのは、信念と訳されることが多いようだけれども、むしろそれよりも「知識」「偏見」「妄想」「ステレオタイプ」「イデオロギー」「信条」「信仰」などを指す言葉であるとある。
 つまり、人がこう動くべき、という決定のバックヤードに存在する情報の総称みたいなものだろうか。

 時に、ビリーフシステムというのは、「○○は~すべき」という違いによって、人と人の間で衝突の原因になる。これは本には書いていない、どこかのネットに書いてあった情報だけれども、端的に理解しやすいからメモ替わりに書いておこう。

 題して「人の怒りというのはどこから来るか」
 ある人(ここではAさんとしよう)が「約束の時間には15分前に来るべきだ」というビリーフを持っていたとしよう。で、Bさんは「自分の時間は大切だから、待ち合わせの時間にはギリギリでも時間前であれば問題ない」というビリーフを持っていたとしよう。

 この二人が仕事で待ち合わせたときに、例えば8時半に待ち合わせるとき、Aさんは8時15分から待っていて、Bさんは8時29分に約束の時間に現れたとしょう。
 そうすると、Aさんは、自分は15分前からBを待っているのに、けしからんじゃないか、ということになる。仕事を舐めてるというような感情を持つかもしれない。

 Aは無駄に時間を使ったということになり、特にBがAの部下だったりした場合、何かあったら困るから、約束の時間前に来るべきだと諭すしかもしれない。Bさんがもしその話を聞いたら、そんなんだったら、最初から8時15分に待ち合わせをすればいいじゃないか、その考え方自体が無意味だ、等という発想にもなるかもしれない。
 これは特にどちらが悪いというわけでもなく、「考え方(ビリーフ)」の違いによって、人と人が衝突する例である。

 人間というのは、ひとつひとつの行動をするときに、特にひとつひとつの事象に対して「本来、人間と人間は何分前に相手と落ち合うべきか?」などということを深く考えない。
 それぞれ、自分にあったビリーフを使って行動する。

 もし、こういったビリーフを用意していないと、人間が行動するに当たっての思考量が莫大になってしまい、行動が制限されたり、状況の変化に追いつけないということが起こるからだ。
 よく哲学の本に出てくる「ビュリダンのロバ」という話がある。右にも左にもおいしそうな干し草があるのだけれども、どう行動しても量、距離ともに同じであると判断したために、どちらも選べなくて、結果、餓死してしまうという間抜けなロバのことだ。
 そこで、人は例えば、包丁を持つとかするとき、右利きだから右手で持つとかいう決定は無意識下で決定する。

 それと同じように、例えば何か行動を決める時に、右利きの人が左手で包丁を持つかどうかというと、これは慣れていないからやりづらいと言うこともあるし、さらに言うと行動以外に信条がころころ変わるやつというのは、実に他人から見ると信用のおけない存在と見られやすいということもある。

 昨日まで巨人ファンだったのに、今日は阪神ファンとかいう人がいたとして、同じ巨人ファンの友達がもしいたとしたら、「何だよアイツ、わけがわからん」ということにもある。

 よって、人は「僕ってこんな人だよ」ということを、自分自身に納得させ、さらに言うと「僕ってこんな人だよ」ということを他者に伝えて、人間関係を円滑に進めようという習性が構築されてくるようだ。

こういうビリーフというのは、脳内でお互いのビリーフが矛盾しないようにシステム化するようだ。ここでできあがったシステムのことを、スキーマ、と呼ぶとのこと。

3.コミットメントと一貫性

 人間というのは、自らの行動の一貫性というものに強いこだわりがあるようだ。
 ここでは、自動車販売における「ロー・ボール」というテクニックが紹介されている。最初、だれでも承諾してくれそうな小さな要求を出して、それを承諾させてから、徐々に新しい要求を加えていって、最終的に計画通りの要求を飲ませるというものだ。

 新車のディーラーは、最初はとにかく破格に好条件の話で客に対してアピールする。それによって、客はその極端によい値段で買うことを決定し、契約書にサインする。その後、ディーラーは客が付いている思っていたオプション、たとえば、エアコンだとか、ステレオであるとかを追加請求する。しかも、その際に上司に電話で連絡したりして、それをサービスできないことをチェックし、自分の責任ではないというポーズをとって、客からの印象を悪いものにならないように注意しながら、値段をあげていく。

 人は最初に「買うことに決めた」という自分の意思表示を、自らその条件が変わったからといって、一度決定した意思表示を変更したくない、という心理が働く。
 例えばアメリカでは、献血推進のための署名活動を行ったら、献血協力者が増えたという応用例もあるとのこと。

 その理由というのは、人というのは「自分はこういう人間」という立ち位置を社会において維持するのに、かなりの努力を払っていると感じられることだ。
 だから、例えばグループ・ダイナミクスや、他者から合理的(と思えるビリーフ)と注入されると、後は自縄自縛となってその人を拘束する。この拘束する力というのは、特に知的能力的に劣っていない人であっても、引っかかってしまうものらしい。

4.実は他にもいっぱいいろいろあるけれども・・・。

 あるいはその知的能力が高いが故に自分自身を納得させる言い訳みたいな言葉を紡ぎ出して自分自身を追い込む、あるいは組織や上司、社会の流れに流されやすくなってしまうことも多々ある。この本にはその名前は書かれていないが、まさにオウム真理教に高学歴者が沢山いたことが、その証左であるのかもしれない。
 常に自分自身のなかにあるビリーフが正しいのかどうか、逆に流されていないかを検証する習慣というのは持っていないといけないのかもしれないね。


グループ・ダイナミクスや、コミットメントをさせるところなど、心理学をうまく応用しているよね?
そして、新しいビリーフを注入するというわけ。

それはそうと、餃子の王将の餃子はなかなかにおいしい・・。

※参考文献


※こちらもおもしろい。

「信頼できない話は大声でやって来る」 科学者、菊池誠さん<「どうする?原発」インタビュー第6回>(3/4ページ) | ニコニコニュース http://news.nicovideo.jp/watch/nw353113/3

2013年2月11日月曜日

千葉をドライブ



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ちょっと足をのばして平砂浦まで。
 
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さすがにここまで来ると海がきれい。サーフィンしている人も多かった。
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ご主人を待つ犬。風に吹かれてちょっと寒そう。


連中の中日、一人でちょっと千葉にまでクルマで足を伸ばすことに。

気がついたこと・・。

結論:都会を脱出するのは、公共交通機関の方が良いかも。笑

やはり、トレイン(あるいは飛行機)&レンタカーの旅が国内を動くのにはベストなのかなあ、と。

ある程度、予想は付いていたけど、連休は中日だからと行って千葉方面に出るのは、やはり渋滞がきつい。

千葉はアクアラインができて以来、クルマの往来がしやすくなった一方で、房総半島の道路のインフラが、その流入するクルマの量をさばききれない感じがする。

また、その車の移動の性格が朝ぐらいに遊びに来て、夕方帰るというパターンのものが多くなったせいか(今回、自分もその中の一台だったわけだけれども・・) ある特定のところにクルマが集中してしまう。

また、有料道路があるのだけれども、途中で二車線が一車線に合流するというところがいくつかあって、そこがボトルネックになって、これまた渋滞を引き起こすという感じでもある。

特に行っちゃ行けないところは、 富津館山道路のハイウェイオアシス富楽里。ここはクルマをプールできる広さが全然ないのだけど、「満車」っていう標識が見あたらない(あるの?)ので、どんどこクルマが入ってくる。中に入って出るだけでも20分以上かかってしまった。


まあ、そんなこんなだけど、それでも東京を出る、帰る時間をうまく調整すればいいのかもしれない。場所としては、それなりにのんびりとしていいところです。

特に館山は、わりと好きな場所。城山公園は春になると、とても桜がきれいなところだよ。

その頃には、おばちゃん達がでかいバスで乗り付けるので、すごくにぎやかになるのでした。

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館山港という漁港。館山城が見える。(お城のふもとが城山公園ですよ)

2013年1月20日日曜日

なんかMacBook Airが充電できなくなって復活した件をメモ

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アップルストアにて

先日、うちの13インチMacBook Airなのだけど、どういうわけやら充電ができなくなってしまって、そのままバッテリーが切れで、うんともすんとも、みたいになってしまった。

ネット上でも同じようなトラブルを散見?するような感じだったのだけど、とりあえず、前から行ってみたかった銀座のアップルストアに行ってみたのだよね。

予約なしでいきなり行ったのだけど、丁寧に迎えてくれて、ちょっと待ち時間もあったのだけど、ちゃんと対応してもらった。なんか修理とか相談にのってくれるところが、あのビルの4階にはあるのだね。

場所は、とってもマカーな雰囲気がすごいところで、なんか自分が持ってるスマホは今、ギャラクシーなのだけど、なんか使っちゃいけないような罪悪感を感じるぐらいすごい。

アップルストアでは、充電器の問題なのか結局よくわからなかったけれども、どういうわけか割と素直に起動してくれて、ついでに店のお兄さんがダイアグノスティックス(自己診断)画面なんかを使って大丈夫ですよ的画面を見せてくれた。

今のMacOSは、無線LANで電波を捕まえて、その捕まえた先のサーバー上のドライブから起動できるようになっていて、本体のドライブが完全に死んじゃってたとしても、まだ起動のチャンスはあるぜ!しかも何もつながなくてもOK(ただし電波を拾えれば) という仕組みになっているらしい。(で、起動時に、その起動できるドライブが用途別?にばばばばばーっといっぱい出てきて選択できるようになるわけ。)

で、その場では割と簡単に直ってくれて本当に助かったのだけど、対応してくれたお兄さんの「(ふつー)アップルケア(ぐらい)入ってください(よ)」的な物言いがちょっと?って感じだった。
フレンドリーさを醸し出そうとして?「ふつーはこうするもんなんすよね」的なしゃべりになってしまうというあれw

あ、でも直って良かったー、本当感謝しています。

結構、この機械は稼働率高いですし。

そこそこ速いし、Windows7も使ってるし。壊れると困るんです。ほんと。
でもまだアップルケアには入ってないです。ごめん、お兄さん。

2013年1月18日金曜日

うちの近所にかわいい猫がいるんだよ


・・とは言っても野良猫(最近は、地域猫というらしい)なのだけれどもね。

出現率はやや低いが、出没地は特定できていて、確率が高いのは朝と夕。

朝、「やあ、おはよう」というと「ニャー」と返事をする。

「さむいねー」というと「ニャー」と返事をする。

「お返事ありがとね」というと「ニャー」と返事し去って行く。

そんな感じ。会話?可能。

色は黒と焦げ茶色のキジっぽい柄。写真はまだない。
 

2013年1月13日日曜日

本はこの後どうなる?

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今日、あるニコ生の番組を見ていたら、アマゾン.comの話が出ていた。

アマゾンは、それまでどこの本屋もやらなかったことを色々とやっている。
その中で、新品の書籍と中古の書籍を同時に売るということをやっていて、これをやられてどのぐらいのどれぐらいの人が新品の本を買うのか、そういうことは業界からすると脅威だ、ということ言っていた。(理由は、売り上げが下がるから、だろうと思う。)

しかし商売というものは、一方に買う立場というものも存在する。その立場からすると、実は本は新品でなくても構わない、別に読めればいい、安い方がいいという客層も現に存在していて、ではそういう人に対しても、新品の本のみを売るやり方の方が正しいのか?という問いが生まれる。
そういう客としては、出版社「のみ」が新品で高い本を売って利益を上げられる構造より、色々な人が安い本をたくさん買って読める方が好ましい世の中だ、と言いたくなるだろう。

世の中における道具というものは常に変化していて、例えば、江戸時代に徒歩や籠、あるいは馬に乗って東京から名古屋に行っていた人が、科学が進歩した現在も同じような交通手段を使うだろうか?といえば、答えは否で、普通は新幹線が第一選択肢になるだろう。東京から沖縄に行くのであれば、第一選択肢は当然飛行機ということになる。船に乗っていたら週末だけ楽しんで帰ってくるということは無理だ。

同じようなことが本を買うという購買行動にもあって、まず読みたい本を探して、購入するというプロセスにおいては、特にマニアックな本になればなるほど、アマゾンのような検索ができるネット販売が便利なわけである。まずマニアックな本をリアルに買おうと思えば、これまで大きな書店に行って探すしかなかったし、見つからなければ別の書店を探すか取り寄せするということになるわけだけれども、これをあちこち動くための交通費、あるいは時間をお金に換算すると、非常にコスト高になるわけである。もちろん、見つからないことだってある。

それがインターネットのおかげで非常に迅速に自らが欲しいものが手に入るようになったのだから、まさに社会の進歩と言えるだろう。さらに色々な人たちの書籍の購買パターンを見て、興味を持ちそうな本を提案してくれるというところまで来ている。
もちろん、それは、いいことばかりということはなく、一方で江戸時代に馬で生活していた人は、別の仕事に就かなければならないだろうし、あるいはそれがタクシーの運転みたいな仕事に代わるとすればクルマの運転技術も新しく身につけなければならなくなるだろう。だけれども誰しも社会の変化に対応しなければならないのは、人間社会というやつの宿命なんだろうと思う。

むしろ、出版関係の人に言いたいのは、今後「本を読む」という行動はどこに向かっていくのだろうか?ということを考えていくことが大切ではないかと。

現在流行しつつある電子書籍も、ひとつの方向であることは間違いないだろう。今は、電子ブックのデータの品揃えが少ないとか、紙の本に比べて大して値段が安いわけでもないとか、買ったデータが今後どうなっていくのかが不安(消えちゃうのでは?)というような不安要素が多いので、まだしばらくは爆発的に普及するということはないだろうけれども、これにはいくつも利点があるから、遠からず電子書籍は人々の間に普及するだろう。例えば:

1.電子的に本を購入させるシステムのため、本を購入するためのハードルが低い。(例えば、探して手に入れて読むまでの時間が少なくて済む。リアルな本は宅配しなければいけないけれども、データはネット配信で完結できる。)
2.かさばらない。(家で本を読む人は保管の問題を抱えている)
3.本文の検索性が高い。(あの言葉は、どこの何ページに書かれている?なんてこともわかる。)
4.エコ。(紙を無駄にしないで良い。あるいは在庫管理が簡単で社会的にも経済性が高い。)
5.紙の本ではペイできないレベルの本でも、紙に出版して流通させるという必要がないので出版が可能になる。(世の中にきめ細かい情報が広く行き渡る)
・・などなど。

近い未来、音楽や書籍というのは、アマゾンのようなサーバーを擁する企業が提供するものにすべて統一されるのかもしれないね。
もっとも、その頃にはアマゾンに対抗するような会社が出てきて、価格や品揃えで競争が行われているとは思うし、そうであって欲しい。
そういう意味では、今後、出版社は徐々に世の中で「世の中に情報を卸す」役割がなくなって、「実際に作り出す」編集プロダクションみたいなものに重点が移る時代なのかもしれないね。

2013年1月1日火曜日

一日の計は元旦にありと言えど・・・。

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今年の抱負は、「いっぱい動いて」「出会いを大切にする」です。
そしてなるべくブログにまとめていきたいな、なんて思ったり。

そう。今日は元旦。天気にもめぐまれ、また家族と一緒に初詣することができた。ありがたいことです。
正月は圧倒的にクルマが少なくなるので空気もきれい。
毎日正月だったらいいのに、なんてちょっと思ってしまう。

うちは浄土真宗なので、築地の本願寺にお参り。
中にパネル展示があった。うちの宗派、一度財政破綻したらしい。で、大谷さんという人がそれほど教育を受けていないにも関わらず、外国に打ち出でて色々な事業を行って立て直したんだ、みたいな話であり、「へーー」って感じ。(実は時間がなくて、あまりゆっくり読むことができなかった。)

インドでゴム農園をしたりしたので、色々そんな影響を受けたこともあって、この築地本願寺はふつうの仏教寺院とはちょっと違う、インド風の建築になっているようだ。

で、その活躍した歴史の絡みで当時の古地図が展示されていたので、しばらく見入ってしまった。

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この頃はまだロシアは帝国で、タイはシャムで、モンゴルもインドも非常に広い。
バルチスタン、なんて知らない国もあって、「えっ、何その国」なんて思ってしまった。この頃はまだイギリスが広い範囲に非常に強い権益を持っていたんだね。

そのインドだけど、現在は西はパキスタン、東はバングラデシュで分割されている。
特にパキスタンはイスラム教、インドはヒンズー教が強くて、その宗教的対立もあって現在は別の国になっている。

それを遠い東京の浄土真宗の、しかも初詣のパネル展示で思い出させる日本の仏教寺院は、なかなかしぶいと思ったのだった。

謹賀新年。

2013年がみなさまにとって、良い年でありますように。
今後ともよろしくお願いいたしますね。

2012年12月31日月曜日

大晦日に一年について考える

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大晦日ですねー。

今年は、「あれ?もう終わり」的な時間の感じ方を、そのスピードがさらにいっそう早くなったように感じる一年で、ここ数年はやや低調気味だったのだけど、まあ何とか墜落しないようにがんばったという感じでもあった。

ただ日々に任せていても、物事は何も変わらないから、何かの変化が必要なのだけど、世間の人たちも、ちょっと将来が見えないような感じであって、それが世間の雰囲気を醸成しているという印象がある。

今年、少し色々思ったのだけど、やはり旅に出るっていうのがとても楽しくて、特にクルマに乗って自分の好きなところを見に行くというのは、とても刺激になる感じがした。

これは気分転換と、頭の体操になるというか。

どこかに行くと行為をするときには、時間と空間の関係性というやつに思いを馳せないといけない。言い換えると、自分が進める距離というのは、特に実際に地を這って進むとなると、時間の制約をとても受けることになる。

例えばクルマで一般道を交通法規通りに走ると、平均時速ってだいたい30km/hに集約されるようだ。
カーナビで到着時刻の逆算を見ていると、だいたいその速度で計算していることがわかる。
もっとも、それは僕が計算が得意だからそれがわかるわけじゃなくて、時速60km/hで1時間走ると、ちゃんと60km/h先に到着しているから、時計を見てその倍の時間がかかっていれば、その半分の速度だということがわかるという、それだけの話なんだけど。
要は10分後に5km先にいましたという、それだけ。

この簡単なモノサシを使って考えてみても、一日24時間しかないうち、きちんと活動できるのは、8時間と見積もるべきだろうから、どこかに旅立ったとしても、活動範囲はざっくり自分が考えているよりもかなり狭い範囲しか動けないことに気がつく。

そんなわけで、見たいものや、やりたいことの取捨選択が必要になってくるわけだけれども、結局のところ、何が自分が好きで何が好きじゃないのかというのを押さえておかないと、結局、旅が貴重なお金や時間を使いつつも、満足のいかないものになってしまうということになる。

これはおそらく生活や仕事に関しても同じ事が言えるんだろうと思うんだけど、世の中で得られるものには、制約条件があるってこと。そうすると、事前の情報っていうのがとても重要で、地図をちゃんと見て計画するとか、見たいものをメモしておくとか、そういうことが重要になる。今はネットがあるから、本当にそういうのは便利になったね。

一方で、旅(というか外)に出てわかるのは、実際に行ってみて、自分の知らないものに出会えることであって、それが得られるものだと思う。旅をいいものにするには「自分が何が好きか?」というところから出発しないといけないのだけど、実はそれが一番難しくて、自分が何が好きで何がしたいか、というのは、案外、誰も自分でもわかっていないのだろうと思う。でもどこかに行けば、それに出会える可能性がある。
偶然に知らないものに出会って、ああ、自分はこういうものが好きだったんだな、というものに気がつくというか。セレンディピティってやつね。

こういうことを言うと、いい年こいて自分探ししてる、みたいな感じで捉えれるかもしれないけれど、人間、生まれて死ぬまで自分探しで別にいいと思うんだよ。自分の利益のために他人をうまく動かそうとする人に負けちゃいけないよ。

逆に実に貴重なのは友人であって、自分じゃない誰かも当然同じ毎日を暮らしていて、その中で発見や知見というものを持っている、それをうまく交換することができたら、短い人間の人生でも好きなもの、素晴らしいものに出会える可能性は格段に増えるはずだから、きっと人生を豊かにすることができると思うんだよ。それは別に旅でなくても、本でも、仕事でも、なんでもいいわけだけど。

まあ、そうであっても、制約条件の存在は忘れないようにしないとね。
だからベストでなくても、できうる限りベターな手を打ち続ける、それでいいんじゃないかという、ことで。

まとまりませんが。良い年をお過ごし下さい。

2012年12月29日土曜日

選挙とクリスマスを超えて、そして・・・

街中、どこかに行けばクリスマスソングが流れていた時期を終え、スーパーで買い物をしていても第九が流れる時節となり、選挙も経たことで世の中は色々と切り替わったムードとなったようにも感じる。

この12月で大きなトピックは、やっぱり衆議院の選挙があったことだろうと思う。ここから考えてみたい。

民主党:冬の陣の巻(あるいは冬に選挙するっていう事の意味について)

今回、どういうわけだか野田総理がこの時期に解散を決めて、あれよあれよという間に選挙になってしまって、自民党大勝という感じになった。自分は勝手に選挙時期は充分に準備ができる夏だと思いこんでいた。で、参議院と併せて同日選、のような。

なぜなら、この冬にいきなり選挙となると、その準備が組織としてやり慣れている自民党と公明党の候補に有利であって、自分がもし民主党の偉い人だったら、与党になって3年、まだまだ基盤の弱い若い議員を沢山抱えているのだから、1日でも長く与党として活動して、支援者との関係性を強化したいと思うところだろう。

普通だったら総選挙は、世間の人たちの仕事の少ない(?)8月あたりにやって、祭り気分を盛り上げ、投票率が高くなって、浮動票、つまり普段選挙に行かないような人の票が沢山集まって結構、大きな意味を持ってくるところなのだけれども、今回は、やはり60%を割り込む結果となったのだった。

これは、今回話題になった「第三局」潰しのためにやったのだろうかもしれないな、なんてことも感じる。

おそらく第三局の人たちも、えー、もう選挙なのー?困るよー!と思っていた人は多かったようで、またその準備も、第三局の偉い人たちが主導権争いをしていて、連合して選挙の具体案(政策は何を訴えるか、どこの組織と組んでどこと組まないか・・など)も、固めきれず、結果、どう選挙するかを組み立てるところまで行ってなかったようだ。

実際、その第三局の立場から選挙やってるところを見に行ったのだけど、「党本部が機能していない・・・」ということを言っていた。
一方、街は自民党の候補のポスターでいっぱい、みたいな感じ。創価学会の人たちは今回もみんながんばったんだろうね。
自民と公明なんて、目指す政治がまったく逆方向なのによくやるよ、とも思ったものだけれども、ある意味、自民党の暴走を食い止める歯止めになるのかもしれず・・何とも言えない。

だいたい選挙を仕切る党本部の仕事、あるいは政治家たちのバックヤードで働くのは割に合わないことが多い。

仮に党本部の職員になったとすると、
1.公職選挙法に関する非常に高い知識が要求され(これがないと運動員や候補者も捕まりまくりになります)2.多数の候補が、知名度の高い議員や代表が(自分の)応援に来ることを望むために高い調整能力が要求され、3.ポスターやビラの選挙マテリアルを企画するためのセンス、その他、適切に必要なものを調達して配布するなどの高い兵站能力が要求され、4.別に選挙に勝っても自分が議員になれるわけでもなく、負ければ対応が悪かったせいで負けた、などとdisられるなどの役回りとなり、この仕事をやって他人から評価を得るのは、かなり難しい。

それだけの能力があれば、自分で何かをするぜ、ということにもなるかもしれないけど、一方でひとりの政治家を生み出すには、相当の人が組織的に活動することが必要なのであります。
それは間違いない。
さらに、その組織を超えて勝敗を左右するのが、いわゆる風であり、浮動票でもあるわけですね。

今回の衆院選では、12党が選挙に出て、少数政党が集まって「第三局」を作って、自民でも民主でもない政権を作るんだ、などと言っていたけれども、実際、その考えが有権者に浸透し、しかも支持されなければ、その政治信条を納得して、投票の時に名前を書いてくれる、というところに行き着くわけもなく、結局、民主党はイヤだから、よくわからないから自民党にしよう、という心理は働いたのかもしれない。もし第三局潰しが野田総理の今回の選挙の目的であったとしたなら、充分にその任を果たしたようにも思えるのだよね。(もっとも、民主党はそれで小さくなってしまったけど。)

それでも維新の会は、かなり躍進したけれども、これは自民党がいやな人たちが投票した結果だとは思う。
ただ彼らの政策はそんなに自民党と変わらない感じもする。

第三局のある人曰く「結局、自民党に入っても二世、三世じゃないと上がっていけないんだよな・・」という言葉があって、事実、安倍晋三さんは岸信介の孫だし、麻生太郎さんは吉田茂の孫、石破さんだって・・、というところでもあり、そういう意味では、ちょっと日本社会における身分制度的な壁を感じるところもある。

特に維新の会に入った理由というか、入っている候補たちというのは、自民党と同じような考え方を持っているけど、公認をもらえなかったような人たちが多くて、実際、橋下さんの参謀になっているのは、堺屋太一さんとか、あるいは竹中平蔵さんとか、かつて自民党政権で参謀役をやっていた人たちがバックにいて、さらに石原慎太郎さんが党首になったという流れになっている。そう、みんなかつての自民党出身であります。

さて、一般の人の話に目を向けて見る。ネット界隈の人たち(いわゆるネトウヨではない、ちゃんとした人)の言説を見てみると、例えば脱原発についてどう思うかについても、今後どうするかについては、賛否いずれもとにかく色んな意見を戦わせてはいて、割と理性的な人が多いと思う。例えば、福一では原発そのものがずさんな管理だったとか、使用済み核燃料が未だ危険な状態だとか、色々と改革しようにも原子力ムラの存在があるとか、そういったものがあることの危険性について、一応、それを前提に色々と考えているように感じるのだけど、実際に選挙で投票をする人たちのボリュームゾーン、その多数は中高年から以降で、さらにその情報ソースは当然テレビや新聞に偏っていて、ものを考えるという習慣に関して言えば、結構感情的というか。

例えばあるおばちゃんは、「これから中国だって、韓国だって、原発を作っていくのよ!原発がなかったら日本から仕事がなくなって貧しくなるんだから!あたし達はだまされないんだから!」と言っていた。敵対する外国に対して原発がないと、経済的、国力的に不利になるんだ、という言説を、割と(感情的に?)信じていた。

さらに消費税増税について。消費税増税が参議院を通過した日、この日はイミョンバクが竹島に上陸した日でもあるのだよね。
その日に野田総理がテレビに出てきてしゃべっていたのを見ていたのだけど、「今回、消費税増税マニフェストを守れなくてごめんなさい。ところで今回、竹島に上陸した韓国大統領の行動は許せません。断固として毅然とした対応を」みたいな感じで、あれ消費税とかマニフェストはごめんなさいで終わり??と思ったのだけど、さらにその後、この件はエスカレートして、小さな島を巡る日韓の衝突が、いつのまにか日中の尖閣諸島の問題にすり替わっていて、なんなんだろう、みたいな。で、街でもあまり消費税の話はしなくなってきた。

これ、ひょっとしてものすごく巨大な茶番劇なんじゃないだろうかと思うこともある。
なんか、感情を揺さぶって目をそらせるという手は結構有効なのかな、という気がしなくもない。
でもまさか、このレベルで茶番劇をやるのかと思うと、いやまさかそんなことはないよなあ、と思わなくもない。

ちょっと個人的印象の羅列になってしまったけど、言いたいことは:

1.有権者のボリュームゾーンは、中高年層であり、投票活動においては大きな力を持つ。
2.その中高年層の情報ソースは、主にテレビと新聞。ネットを使える人は少数派。
3.テレビと新聞で感情を揺さぶられると、理性を失った投票行動に出やすい(んじゃないかな?と思った。)

という感じで、かつての「B層」という言葉も頭をよぎってしまう。マスコミおそるべし。

次回:第三局:次の夏の陣はどうなるのの巻(参院選はどうなる?)

・・・読む人がいるなら、そのうち書くかもね。(´∀`)