前回、自分の家にある廃棄対象機器の数を見誤ったことと、Mくんちの廃棄対象物をひとつも持って行けなかった反省から、第3回めのツアーを企画することにした。
で、押し入れをあけたら、(ノ∀`)アチャー もういっこ17インチディスプレイがあったよということで。
またカローラフィールダーを借りて行くことにした。
前回、この話を別の友人、Yくんにしたところ「自分も参加したかった」ということだったので、今回は彼にも連絡してみたが、先約があり断念。
またMくんとのツーショットでの移動と相成ったのだった。
さて、今回は彼の荷物も少し持っていこうと気合いを入れたのだけれども、余計に出てきた17インチディスプレイのおかげで、ちょっとだけ積載量が減ってしまった印象。
しかし、そんなことは気にせず、「どんどん入れてイイヨ」などと言ったのだけど、段ボール一個分とあとちっこい機械を三個ぐらいしか持ってこなかった。
ううむ。奥ゆかしいお方。
で、ドライブは相変わらず快適なもので、前回よりさらに渋滞は少ない感じで、あっという間に着いた。今回はiPodに色々スペシャル?な音楽をいれたせいで話もはずむ。
前回はここからららぽーとに向かった訳なのだけれども、今回はそっち方面への渋滞路を見てウンザリしたので、逆方向のファミレスを探すことに。
一応、それなりのところには到着はしたのだけれども、時間が1時ぐらいだったこともあって、やっぱり結構混雑に突入してしまった。
ファミレスはちょっと過疎ってるところがベストなんで、喰うべきものを喰って早々に退散。
今回は草加市の近くまで来たので、そのまま草加市に突入して有名なセンベイ屋さんに行ってみた。なんかお上品な美老女がお出迎えするなきれいなお店だったけれども、イメージ図よりはかなりこぢんまりした感じのお店だった。
煎餅専門店がいくつもあるなんて、さすがは草加市だ。こわれ煎餅を買ってみたら、これは結構うまい感じ。うん。うまいよ。あと、お土産用に海苔煎餅を買った。これはまだ喰っていない。
そして、M君の家に寄って帰ることに。彼の家のパソコン要塞な部屋から、自分の家が少し広くなったこともあって、Pen3のマシン(NetVista)を引き受けることにした。
Windows2000ServerのCDが手に入ったので、自宅でドメイン構築したいからとか、つい口をすべらせたせいなのだけれども(笑)
なんか本体だけではなく、サーバ構築本を2冊ももらってしまった。うむ置くところはあるぞよ。
しかし、もらったはいいが、なんとメモリが256Mしかない。インストールCDからも起動できない!
が!そこはリサイクル、整理整頓、そしてお掃除はするものである。なんと自宅にNT4.0のOSのセットが見つかったので、それに添付されているFDから起動して、そこからアップグレードでWindows2000Serverが構築完了と相成ったのだ!w
少ないメモリでも結構、なんてことない感じで動くものだ。
ただ、HDDは128Gまでしか認識できなかった。
うむむ、パソコンとクルマな一日。
なんともはや。
2011年1月25日火曜日
物より思い出?
マーケティングというのをちょろっと学生の時にやっていたのだけれども、どうも自分にはなじめなかった。市場分析というのは良いと思うのだけれども、例えばエスキモーに氷を売るにはどうすればいいのか?等という問題に当たったりするにつけ、「相手にとって必要もないものを売りつける方法を研究しているのでは?」とか「これは悪の心理学なのか??」と思えなくもなかったことがあるからだ。
某ブログのコメント欄にいい意見があって、「マスコミの仕事のうち、ジャーナリズムは極一部であり、その他ほとんどの仕事は資本主義の広告塔としての仕事です。」という一文があって、これはその通りだと激しく共感してしまった。
今、世間一般の人々の常識や行動が、マスコミのバックにいる「スポンサー」にとって有益か否かという尺度でマスコミに踊らされているというのは確かにある。
沢山消費をしてくれる層は、スポンサー様にとって有益だから持ち上げられる。例えば大食い番組や、お高いお洋服をどんどん買う人達なんかは、どう考えても下品な番組のはずの「もったいない」あるいは「ばちあたりな」浪費だと思えるその行動を見ても、特に叩かされるということはないのだけれども、一方でそうはならない草食男子やら、鋭く商品のアラを探すオタクな人間はマスコミによって叩かれてしまう。一方、2ちゃんねらーなどは「スイーツ(笑)」等と言葉を作ってマスコミに踊らされている女子をけなしてスッキリしたりしている。
特にマスコミ側から叩かれるのは、もう資本主義とお別れしているようなニートのような存在なわけだが、本当に「けしからん」「存在すべきじゃない」ような扱いになっている。そして、その反発心が「働いたら負けかな」、などと彼(のようなニートの人々)に言わせるのだろうか。
マーケティングそのものは否定する気はない。特に需要の喚起とか、本当に人々が欲しい商品は何か分析するとか、どう情報を伝達するべきかとかというのは、大いに研究するのは構わないと思うけれども、別に必要もないと思うから消費に向かわない人や、そもそも社会的弱者になったせいでよい消費者になれないという人を叩くのは、やり過ぎと言えるんじゃないだろうか。
虚栄心につけ込まれて高い服をどんどん買う女性が現れたり、乗りもしないクルマを高い金を出して維持したりするのは、やはりやめるべきなんだろうと思うけれども、そういう行動を取る人たちの気持ちも何となく気持ちもわかって共感もしてしまう自分もいる。
もう既に喰いすぎてメタボな域に達している我々が次に消費するべきと向かうのは、誰かとの思い出作りなのだろうか。あるいは人間関係で上位に立つために人は人より高価な物を買おうとしているのだろうか。そもそも消費とはどうあるべきか、幸せってなんだっけ?の哲学時空に突入しそうな今日この頃である(笑)
某ブログのコメント欄にいい意見があって、「マスコミの仕事のうち、ジャーナリズムは極一部であり、その他ほとんどの仕事は資本主義の広告塔としての仕事です。」という一文があって、これはその通りだと激しく共感してしまった。
今、世間一般の人々の常識や行動が、マスコミのバックにいる「スポンサー」にとって有益か否かという尺度でマスコミに踊らされているというのは確かにある。
沢山消費をしてくれる層は、スポンサー様にとって有益だから持ち上げられる。例えば大食い番組や、お高いお洋服をどんどん買う人達なんかは、どう考えても下品な番組のはずの「もったいない」あるいは「ばちあたりな」浪費だと思えるその行動を見ても、特に叩かされるということはないのだけれども、一方でそうはならない草食男子やら、鋭く商品のアラを探すオタクな人間はマスコミによって叩かれてしまう。一方、2ちゃんねらーなどは「スイーツ(笑)」等と言葉を作ってマスコミに踊らされている女子をけなしてスッキリしたりしている。
特にマスコミ側から叩かれるのは、もう資本主義とお別れしているようなニートのような存在なわけだが、本当に「けしからん」「存在すべきじゃない」ような扱いになっている。そして、その反発心が「働いたら負けかな」、などと彼(のようなニートの人々)に言わせるのだろうか。
マーケティングそのものは否定する気はない。特に需要の喚起とか、本当に人々が欲しい商品は何か分析するとか、どう情報を伝達するべきかとかというのは、大いに研究するのは構わないと思うけれども、別に必要もないと思うから消費に向かわない人や、そもそも社会的弱者になったせいでよい消費者になれないという人を叩くのは、やり過ぎと言えるんじゃないだろうか。
虚栄心につけ込まれて高い服をどんどん買う女性が現れたり、乗りもしないクルマを高い金を出して維持したりするのは、やはりやめるべきなんだろうと思うけれども、そういう行動を取る人たちの気持ちも何となく気持ちもわかって共感もしてしまう自分もいる。
もう既に喰いすぎてメタボな域に達している我々が次に消費するべきと向かうのは、誰かとの思い出作りなのだろうか。あるいは人間関係で上位に立つために人は人より高価な物を買おうとしているのだろうか。そもそも消費とはどうあるべきか、幸せってなんだっけ?の哲学時空に突入しそうな今日この頃である(笑)
2011年1月22日土曜日
リサイクルツアー2
さて、週末もクルマを借りて先日行ったパソコンファームへ行って、自宅にあったPC群を廃棄しに行くことにした。今回は友人のM君をピックアップして、話し相手になってもらいつつ移動。
なぜモノがいっぱいになるのだろうか。それについては、ちょっと哲学的な気分になったのだけれども、引っ越しをしたり、モノを処分すると、何となく感傷的な気分になる。特にPCを処分するとなると、その処分されるものが、モノだけでなく、そのモノに関わる思い出までがなくなってしまうように思えるからじゃないだろうか、等と思うのだ。だから捨てられなくてドンドンドンドン増えていく。アハハ(゚∀゚)
さて、そのMくんの部屋にも相当な数のPCがあって、それを「いくつか持って行ってあげるよーー、」等と言っていたのだけれども、自宅の押し入れをうっかり開けたら、うわ、ちょっと・・いっぱいになっちゃったYO!(゚Д゚)という状態に。
やっぱりカローラフィールダーじゃなくて素直にハイエースにすれば良かった。
しかし、彼はそんなことはおかまいなく快く助手席に乗り、世間の話などを語ってくれた。
で、現地に着いた。なんか実際に業者さんに家に来てくれるならいくらぐらいかかるの的な話をしていた。なんでも軽トラみたいなのをチャーターして、取りに来てくれるけれども、場所にもよって金額は違うそう。
処分は持ってくだけなので、あっという間に終了。土日は混んでるという話だったのだけれども、全然ガラガラだった。
で、早く終わったので、近くのイトーヨーカドーで食事を済ませ、近所のさらにララポートに行く。空いたスペースに家具を置こうと思って。
なんだか、ららぽーとなるモールは素敵な家族が幸せそうに集うおしゃれなスポットだった。っていうか、この辺の店はやたら広い・・・。ニトリに行って家具を見た。IKEAもあった。
東京なんかより、間違いなく豊かさレベルは上だろうね。ってか、みんな東京で働いて、生活の基盤は埼玉とか神奈川にあるのが基本だろって感じなんだろうかね。
ちなみに、やっぱクルマが多くて渋滞は結構あるっぽい。

お花屋さん

ライブなんかもやってた。おっしゃれー。
携帯で撮ったので荒い感じに。ちゃんとデジカメ持ってくれば良かった(´Д`)
大きな地図で見る
なぜモノがいっぱいになるのだろうか。それについては、ちょっと哲学的な気分になったのだけれども、引っ越しをしたり、モノを処分すると、何となく感傷的な気分になる。特にPCを処分するとなると、その処分されるものが、モノだけでなく、そのモノに関わる思い出までがなくなってしまうように思えるからじゃないだろうか、等と思うのだ。だから捨てられなくてドンドンドンドン増えていく。アハハ(゚∀゚)
さて、そのMくんの部屋にも相当な数のPCがあって、それを「いくつか持って行ってあげるよーー、」等と言っていたのだけれども、自宅の押し入れをうっかり開けたら、うわ、ちょっと・・いっぱいになっちゃったYO!(゚Д゚)という状態に。
やっぱりカローラフィールダーじゃなくて素直にハイエースにすれば良かった。
しかし、彼はそんなことはおかまいなく快く助手席に乗り、世間の話などを語ってくれた。
で、現地に着いた。なんか実際に業者さんに家に来てくれるならいくらぐらいかかるの的な話をしていた。なんでも軽トラみたいなのをチャーターして、取りに来てくれるけれども、場所にもよって金額は違うそう。
処分は持ってくだけなので、あっという間に終了。土日は混んでるという話だったのだけれども、全然ガラガラだった。
で、早く終わったので、近くのイトーヨーカドーで食事を済ませ、近所のさらにララポートに行く。空いたスペースに家具を置こうと思って。
なんだか、ららぽーとなるモールは素敵な家族が幸せそうに集うおしゃれなスポットだった。っていうか、この辺の店はやたら広い・・・。ニトリに行って家具を見た。IKEAもあった。
東京なんかより、間違いなく豊かさレベルは上だろうね。ってか、みんな東京で働いて、生活の基盤は埼玉とか神奈川にあるのが基本だろって感じなんだろうかね。
ちなみに、やっぱクルマが多くて渋滞は結構あるっぽい。
お花屋さん
ライブなんかもやってた。おっしゃれー。
携帯で撮ったので荒い感じに。ちゃんとデジカメ持ってくれば良かった(´Д`)
大きな地図で見る
2011年1月20日木曜日
リサイクルツアーへ
今日は内勤の仕事も飽きてきたので、職場のハイエースを借りて、壊れたサーバと、こわれたPCと、映らないディスプレイと、印刷できないレーザープリンタを処分しに埼玉県のパソコンファームに行ってきた。
ノリの良い兄ちゃん達が「重てぇぇぇぇ」とかいいながら、キャッキャはしゃいでお仕事をしていた。
んで、ここを選んだ理由なのだけれども、無料で機械をほぼ何でも受け入れてくれるということもあるけれども、さらに無料でHDDを目の前で破壊してくれるサービスもあるため。
機微情報いっぱいのHDDを「クラッシュボックス」という機械でぶっ壊してもらった。
証明書を発行することもお願いしようかと思ったのだけれども、何だか郵送のために80円切手が必要だからということで、それはやめといてただデジカメで撮影することにした。
なんか、んー、お兄さんと、壊れた機械がいっぱいある風景は、ちょっと昭和の鉄工所な感じだった。
ここにくると缶入りのお茶がもらえる。
軽いドライブで気分転換するにはちょうどいいかも。
ただ建物の中は個人情報なんたらで見ることはできなかった。残念。
ノリの良い兄ちゃん達が「重てぇぇぇぇ」とかいいながら、キャッキャはしゃいでお仕事をしていた。
んで、ここを選んだ理由なのだけれども、無料で機械をほぼ何でも受け入れてくれるということもあるけれども、さらに無料でHDDを目の前で破壊してくれるサービスもあるため。
機微情報いっぱいのHDDを「クラッシュボックス」という機械でぶっ壊してもらった。
証明書を発行することもお願いしようかと思ったのだけれども、何だか郵送のために80円切手が必要だからということで、それはやめといてただデジカメで撮影することにした。
なんか、んー、お兄さんと、壊れた機械がいっぱいある風景は、ちょっと昭和の鉄工所な感じだった。
ここにくると缶入りのお茶がもらえる。
軽いドライブで気分転換するにはちょうどいいかも。
ただ建物の中は個人情報なんたらで見ることはできなかった。残念。
2011年1月19日水曜日
統一地方選の足音
この時期になると、春の統一地方選の準備で、徐々に政治活動をしはじめる人たちが、辻立ちをしてビラを配ったりしているわけだけれども、その時、そのビラを読んで読むところと言えば、それを志した理由の部分なのだけれども、結局は「自己実現」のためにやっているのがその理由なものが多い。
言い換えれば、自分のためにやっているのであって、社会のためというのが一番に最初にこない(頭にない)、ということがわかる。
まあ、結局はそういう人はあんまり支持を得られなくて落選、ということが多いので、それはまあ社会のバランスというものだろう。
それに自己実現という意味では努力をすることそのものに意味がないとは言えないので、その行動自体が悪いこととは言えないけれども、せっかく行動する割には何か方向性がズレてるという感じもする。そもそも強制的に皆から税金を取り立てて、それをもとに社会サービスを行うのが行政の仕事であって、それを監視するために議員がいるわけなのだが、実際に議員になって一般市民の役に立つ人間というのは、社会においていかに利益配分が成されているのかという仕組みに精通しているという資質を持っていることだろう。
これがないと、本当の意味で活躍するのは極めて難しいと思う。何故ならば、まがりなりにも社会を維持し続けている役人に理屈で負けてしまうからだ。
さらに言えば、「自分が偉くなるぞ」とか言う自己実現系の候補者の方が、特に地方に行くと票を集めるという特徴もある。何故なら地方の経済は割と公共事業頼みの部分が多いから、「自分はすごく偉い政治家になります!」と言った方が「行政はこうあるべきで云々」と理屈を語るよりも、その人に寄っかかっていい目を見ようという人間が多い環境なので、その人と付き合うことでいい目を見ようという人たちの票を集めるからだ。
だけれども、他人が支払ってくれた税金で他人より豊かになろうという人間が社会の上層に増えてくれば、どこかがおかしくなるのは当たり前ではある(笑)
お手盛りを監視するのをお手盛りするやつが監視して監視になるのか(笑)ということなわけである。
社会の一般層が普通に黙ってしおらしく暮らしていくと、天下りと税金の額と法律の量が増えていくばかりなのである。
しかし、社会があんまりおかしくなると、それはおかしいと言う人が出てきて社会のバランスが取れるはずなのだけれども、まだ具体的に「どこがおかしい」とマニアなレベルで語れる候補者は未だ見たことがないのは残念な感じがする。
言い換えれば、自分のためにやっているのであって、社会のためというのが一番に最初にこない(頭にない)、ということがわかる。
まあ、結局はそういう人はあんまり支持を得られなくて落選、ということが多いので、それはまあ社会のバランスというものだろう。
それに自己実現という意味では努力をすることそのものに意味がないとは言えないので、その行動自体が悪いこととは言えないけれども、せっかく行動する割には何か方向性がズレてるという感じもする。そもそも強制的に皆から税金を取り立てて、それをもとに社会サービスを行うのが行政の仕事であって、それを監視するために議員がいるわけなのだが、実際に議員になって一般市民の役に立つ人間というのは、社会においていかに利益配分が成されているのかという仕組みに精通しているという資質を持っていることだろう。
これがないと、本当の意味で活躍するのは極めて難しいと思う。何故ならば、まがりなりにも社会を維持し続けている役人に理屈で負けてしまうからだ。
さらに言えば、「自分が偉くなるぞ」とか言う自己実現系の候補者の方が、特に地方に行くと票を集めるという特徴もある。何故なら地方の経済は割と公共事業頼みの部分が多いから、「自分はすごく偉い政治家になります!」と言った方が「行政はこうあるべきで云々」と理屈を語るよりも、その人に寄っかかっていい目を見ようという人間が多い環境なので、その人と付き合うことでいい目を見ようという人たちの票を集めるからだ。
だけれども、他人が支払ってくれた税金で他人より豊かになろうという人間が社会の上層に増えてくれば、どこかがおかしくなるのは当たり前ではある(笑)
お手盛りを監視するのをお手盛りするやつが監視して監視になるのか(笑)ということなわけである。
社会の一般層が普通に黙ってしおらしく暮らしていくと、天下りと税金の額と法律の量が増えていくばかりなのである。
しかし、社会があんまりおかしくなると、それはおかしいと言う人が出てきて社会のバランスが取れるはずなのだけれども、まだ具体的に「どこがおかしい」とマニアなレベルで語れる候補者は未だ見たことがないのは残念な感じがする。
2011年1月15日土曜日
ThinkPad X22が復活
2002年頃に買ったと思うのだけれども、ここのところハマっているお掃除を進めていたら、ThinkPad X22が発見された。
起動させてみようと思ったけれども・・起動しない。
とりあえず、じゃあキレイにしようと思ってイソプロピルアルコールで拭く。 そしたら溶けたw (・∀・;)
とりあえず、ティッシュが真っ黒になったよ!
で、ふたを開けて色々いじってみたら、なんとHDDのピンが一本がひんまがってることが判明。
いじりまくっていたら何だか起動できるようになった。
古いファイルが続々見つかる。
Windows2000が入ってるこのマシンは触ってみると、結構サクサク動いてくれるのはいいのだけれど、いじっているうちにブルースクリーンになる・・・。
寄る年波には勝てないらしい。
ということで、640GBのUSBのHDDをつなげてファイルのサルベージに。
システムは15GBしかないのに(自分の持ってる旧世代iPod touchとほぼ同じ容量・・)、640GBのHDDは普通につながる。この時代のPCはWindowsキーがなかったりとか、コマンドプロンプトでmoveコマンドとか、TABによる補完とか、結構今なら当たり前に使っている機能がなかったりする。
ドキュメントや音楽ファイル関係を全部コピーし、USBHDD側に移動させたはいいけれども、各フォルダにバラバラに散ったファイルをひとまとめにしようと思案。
で、 メモ代わりにこれを記載(これが本題)
↑これは便利なので、憶えておこうとおもいました。
それにしても、死んだと思っていたPCが復活というのはいい。
思い出がいっぱい。しかもファイルのサルベージじゃなくて、MDXファイルの演奏とか懐かしすぎる。
友達にもらったPC98のエミュレータもある!! おおー。
そのうち動かなくなると思うけど、それまでは大事に使っていきたいな。
参考リンク:
起動させてみようと思ったけれども・・起動しない。
とりあえず、じゃあキレイにしようと思ってイソプロピルアルコールで拭く。 そしたら溶けたw (・∀・;)
とりあえず、ティッシュが真っ黒になったよ!
で、ふたを開けて色々いじってみたら、なんとHDDのピンが一本がひんまがってることが判明。
いじりまくっていたら何だか起動できるようになった。
古いファイルが続々見つかる。
Windows2000が入ってるこのマシンは触ってみると、結構サクサク動いてくれるのはいいのだけれど、いじっているうちにブルースクリーンになる・・・。
寄る年波には勝てないらしい。
ということで、640GBのUSBのHDDをつなげてファイルのサルベージに。
システムは15GBしかないのに(自分の持ってる旧世代iPod touchとほぼ同じ容量・・)、640GBのHDDは普通につながる。この時代のPCはWindowsキーがなかったりとか、コマンドプロンプトでmoveコマンドとか、TABによる補完とか、結構今なら当たり前に使っている機能がなかったりする。
ドキュメントや音楽ファイル関係を全部コピーし、USBHDD側に移動させたはいいけれども、各フォルダにバラバラに散ったファイルをひとまとめにしようと思案。
で、 メモ代わりにこれを記載(これが本題)
for /r %D in (*.mp3) do move "%D" c:\mp3
↑これは便利なので、憶えておこうとおもいました。
それにしても、死んだと思っていたPCが復活というのはいい。
思い出がいっぱい。しかもファイルのサルベージじゃなくて、MDXファイルの演奏とか懐かしすぎる。
友達にもらったPC98のエミュレータもある!! おおー。
そのうち動かなくなると思うけど、それまでは大事に使っていきたいな。
参考リンク:
複数のサブフォルダの中身を全て上の階層に移動したい
追記:
追加でVNCとEverything検索を入れてみた。ファイルサーバーはSambaやLinkStationを利用していたので、ネットワークドライブ上のファイル検索はあんまりやっていなかったのだけれど、Everythingは常駐しているときに検索?サーバにもなるみたいで、別マシンからのEverythingから、呼ばれる側のファイル検索をかけることができる。しかも瞬時。これはすばらしい。
VNCもなかなかよいので、ステレオにつないで遠隔操作のできるmp3プレーヤーにするかという考えになってきた。
2011年1月13日木曜日
与謝野さんが重要ポストに就くのだって
与謝野馨先生が「たちあがれ日本」を離党して、民主党に入って重要ポストに就くのだそうだ。この人は「たちあがれ」時代は、杉村泰蔵さんをかわいがっていて、彼を「たちあがれ」から出してあげたりしたそうなのだけれど、結局、そのせい?で、この「たちあがれ日本」自体の方向性みたいなものがぼやけて何が何だかわからないものになってしまった一因になってしまった。
結果、彼が単に自民党から民主党に鞍替えするための「クッション」として使われてしまった格好の「たちあがれ日本」になってしまったわけだけれども。
結局、どういう政党なのかは、外からは未だによくわからない感じにもなっている。
ひとつは以前、与謝野さん自身がガンをわずらっていたことが、「後先を考えずに精一杯やる」という姿勢につながったのかもしれない。身体のことを考えれば、先のことを考えて時期を待つ、という選択にはならないのかもしれないけれど、「たちあがれ日本」のメンバーに対しては、ちょっと後味の悪さも残した感じもある。
迷惑はかけたけど、ポスト欲しさにサヨウナラという形というか。
ただ本人は政策通であって、落選がなければ、ひょっとしたら小泉政権ではなく、与謝野政権もあり得たという話もある。なので病気のこともあるから本人としては何かの焦りもあるのかもしれないし、一方で官僚に近い考え方もあるという話もあって、逆に霞ヶ関側から「来て欲しい」という話があったのかもしれない。そういう意味では「今更ポストでもないが、めいっぱい残りの人生を生きるために進む」ということなのかもしれない。
さて一方、海江田万里先生は同じ選挙区で出ていて民主党の議員なのに、同じ選挙区の敵方であるはずの与謝野先生が民主党でポストを得るというのは、海江田先生はさぞやビックリなさったことだろうと思う。
これはまるで「お前は嫌い」と首相に言われたようなものなのだから。
そうなると、海江田先生は今後、どうなるのかというのも見物かもしれない。千代田区には、小選挙区制なのにふたりの代議士が民主党にいる、ということになるわけだから。
菅さん、こんな人事で大丈夫かw
しかし、こういうことであれば、いずれにしても、もう菅直人政権は4年目までは解散せずにやるだろうから、そうなれば次は与謝野先生は体力不足で引退ということにはなるだろうけれども。
そうでなかったら、それはそれで見物というか。どうなんだろうか。
一寸先は闇。
結果、彼が単に自民党から民主党に鞍替えするための「クッション」として使われてしまった格好の「たちあがれ日本」になってしまったわけだけれども。
結局、どういう政党なのかは、外からは未だによくわからない感じにもなっている。
ひとつは以前、与謝野さん自身がガンをわずらっていたことが、「後先を考えずに精一杯やる」という姿勢につながったのかもしれない。身体のことを考えれば、先のことを考えて時期を待つ、という選択にはならないのかもしれないけれど、「たちあがれ日本」のメンバーに対しては、ちょっと後味の悪さも残した感じもある。
迷惑はかけたけど、ポスト欲しさにサヨウナラという形というか。
ただ本人は政策通であって、落選がなければ、ひょっとしたら小泉政権ではなく、与謝野政権もあり得たという話もある。なので病気のこともあるから本人としては何かの焦りもあるのかもしれないし、一方で官僚に近い考え方もあるという話もあって、逆に霞ヶ関側から「来て欲しい」という話があったのかもしれない。そういう意味では「今更ポストでもないが、めいっぱい残りの人生を生きるために進む」ということなのかもしれない。
さて一方、海江田万里先生は同じ選挙区で出ていて民主党の議員なのに、同じ選挙区の敵方であるはずの与謝野先生が民主党でポストを得るというのは、海江田先生はさぞやビックリなさったことだろうと思う。
これはまるで「お前は嫌い」と首相に言われたようなものなのだから。
そうなると、海江田先生は今後、どうなるのかというのも見物かもしれない。千代田区には、小選挙区制なのにふたりの代議士が民主党にいる、ということになるわけだから。
菅さん、こんな人事で大丈夫かw
しかし、こういうことであれば、いずれにしても、もう菅直人政権は4年目までは解散せずにやるだろうから、そうなれば次は与謝野先生は体力不足で引退ということにはなるだろうけれども。
そうでなかったら、それはそれで見物というか。どうなんだろうか。
一寸先は闇。
2010年11月21日日曜日
抽象化されゆく人間関係とその未来
人間が人間であるが故に、言葉による戦いを行うようになった。
草原、サバンナやジャングルにおいては、弱肉強食を行う動物たちが生き残りゲームをやっているように、かつては人間の祖先達も猛獣のエサであったりした時代が長く続いてきた。
しかし時を経て、人間は地球上で最強の動物となり、今もなお他の種を滅ぼしながらその数を増やしている。言葉によって仲間を作って自分より強い存在に戦いを挑んだり、武器を作り方を伝承したりできるようになったためだ。
結果、さらに多くの資源を得るために、人間は人間同士で戦うようになったが、一方で強すぎた人間という種同士の戦いでは、戦うことによってお互いが大きな痛手を負うために、結局はどこかで折り合いを付けるということになった。
それでも、かつては人間の数や、武器の強さ等で戦い合ったが、核兵器までが開発されるに至った今日においては、そうおいそれと武力衝突をするわけにはいかない。それは戦いが起こればその起こした張本人に死が訪れる確率が非常に高くなったことや、戦いが起こす環境破壊によって、その戦いによって得られるメリットがすでにデメリットよりも遙かに小さいものになっているからである。(なので、発展途上の国々に絡む小競り合いや、テロ行為は続くことだろう。)
現在、その主戦場は、もはや言葉の世界にある。どちらが社会において共感を得られるか、得な人間が増えるのかのゲームであり、時に自説を振りかざすために、小難しい数式や理論などを持ち出す人間も多いけれども、実際には、その意見において共感が沢山得られなければ意見そのもののパワーを持つことが難しいため、簡単でありながら、説得力を持つ、また反論に強い意見を持つ人間が結局のところ世間の舵取りを任されることになる。
例えば裁判や宣伝活動など、時に強制的に人を動かすに至るためには、言葉による説得と納得の世界の出来事になる。
その場では平等さや公平さが求められるため、法律などの「ルール」が事前に設定されるに至る。
そうすると、世の中を動かす人間は、どこに存在するのかというと、「言葉の定義」の世界に生きるということになってくる。
例えば、「刑法」という法律に「殺人」というものを入れると「死刑」というものが出てくるが、ここに介在するのが弁護士や検事、そして裁判官がいる。同じように人を社会において殺したとしても、「情状酌量の余地がある」とかなんとか言って、「殺人」であっても、色々なレベルのものがあるんだと言い、その事象において、解釈を加えてくる。その解釈の結果、本当は死刑になるところがならなかったり、何かの証拠を、証拠として決めつけることで、無実の人を死刑にして殺すこともある。
「情状酌量の余地って、単にお前がかわいそうに思っただけだろ」「反省が見えるって、何じゃそれ。オレには何にも見えないぞ」とか色々とつっこまれつつも、結局のところ、法律というか世の中のシステム、あるいは関数のようなものに入れるパラメータの入り口で解釈をいじくって結果を操り、自らが欲しい結果にする、それがこの世の中の勝者、あるいはエリート、というやつなわけである。
しかし、そうであるとすると、今度はエリート同士の戦いが起こったときに何が起こるかということになるが、たいていの場合、棲み分けができているが、時として、その定義部分の解釈を巡って争うことになる。ここでは、幼稚園と保育園はどっちが子供を育てるのにいいでしょうか、とか、いや一緒には絶対できません、とかいう訳の分からない戦いになったりする。
人間の感情は今後どう変化していく?
ここでひとつ問題なのは、元々人間というか、動物が自然的に持っている「感情」というものがある。
例えばある価値あるものを巡っていくらかの人間が衝突したとして、感情に振り回される人間は、はっきり言って不利な地位に置かれると言って良いだろう。まず感情的になった時点で言葉の戦いで相手に攻撃を行うための「理屈」を紡ぐことができなくなるし、感情的に他人を害する存在というのは、この抽象化された社会においては単なる害悪として処理されるからだ。その理由は暴力が野放しになると社会が維持できなくなるためである。
そこで、まずは感情をコントロールし、自らが生きるフィールドの中で得られる価値を敵と取り合う、言い換えれば「戦う」わけだけれども、そこでは、特に抽象化された言葉によって、自分の行動が全体の利益になるとかなんとか言って、相手が動員できる「共感パワー」を超えなければならない。
軍隊や警察などの暴力装置自体が、社会のためのシステムと統合されてしまった今日においては、もはや暴力は役に立たず、抽象的な言葉によって他人を意のままに動かす人間こそが天下をとるようになるからだ。
しかしこれとて万能とは言えない。言葉を発さず、あるいは理由がなく、ただマイナス感情に裏付けられた無差別の暴力(テロ)は、そこで天下を取ったつもりの人間を一瞬にして抹殺することもあるのだから。そのためには仮にうまくいっていても無言の悪意には気をつけなければならない、ということになる。
こうして考えてみると、人間という存在自体が、ある特定の「形」に向かって強力な淘汰圧をかけられているような気持ちになる。
暴力を好まず、感情は抑えつつ、言葉巧みで、人からは好かれる、という。
未来人はそんな人間ばかりになるのだろうか?
草原、サバンナやジャングルにおいては、弱肉強食を行う動物たちが生き残りゲームをやっているように、かつては人間の祖先達も猛獣のエサであったりした時代が長く続いてきた。
しかし時を経て、人間は地球上で最強の動物となり、今もなお他の種を滅ぼしながらその数を増やしている。言葉によって仲間を作って自分より強い存在に戦いを挑んだり、武器を作り方を伝承したりできるようになったためだ。
結果、さらに多くの資源を得るために、人間は人間同士で戦うようになったが、一方で強すぎた人間という種同士の戦いでは、戦うことによってお互いが大きな痛手を負うために、結局はどこかで折り合いを付けるということになった。
それでも、かつては人間の数や、武器の強さ等で戦い合ったが、核兵器までが開発されるに至った今日においては、そうおいそれと武力衝突をするわけにはいかない。それは戦いが起こればその起こした張本人に死が訪れる確率が非常に高くなったことや、戦いが起こす環境破壊によって、その戦いによって得られるメリットがすでにデメリットよりも遙かに小さいものになっているからである。(なので、発展途上の国々に絡む小競り合いや、テロ行為は続くことだろう。)
現在、その主戦場は、もはや言葉の世界にある。どちらが社会において共感を得られるか、得な人間が増えるのかのゲームであり、時に自説を振りかざすために、小難しい数式や理論などを持ち出す人間も多いけれども、実際には、その意見において共感が沢山得られなければ意見そのもののパワーを持つことが難しいため、簡単でありながら、説得力を持つ、また反論に強い意見を持つ人間が結局のところ世間の舵取りを任されることになる。
例えば裁判や宣伝活動など、時に強制的に人を動かすに至るためには、言葉による説得と納得の世界の出来事になる。
その場では平等さや公平さが求められるため、法律などの「ルール」が事前に設定されるに至る。
そうすると、世の中を動かす人間は、どこに存在するのかというと、「言葉の定義」の世界に生きるということになってくる。
例えば、「刑法」という法律に「殺人」というものを入れると「死刑」というものが出てくるが、ここに介在するのが弁護士や検事、そして裁判官がいる。同じように人を社会において殺したとしても、「情状酌量の余地がある」とかなんとか言って、「殺人」であっても、色々なレベルのものがあるんだと言い、その事象において、解釈を加えてくる。その解釈の結果、本当は死刑になるところがならなかったり、何かの証拠を、証拠として決めつけることで、無実の人を死刑にして殺すこともある。
「情状酌量の余地って、単にお前がかわいそうに思っただけだろ」「反省が見えるって、何じゃそれ。オレには何にも見えないぞ」とか色々とつっこまれつつも、結局のところ、法律というか世の中のシステム、あるいは関数のようなものに入れるパラメータの入り口で解釈をいじくって結果を操り、自らが欲しい結果にする、それがこの世の中の勝者、あるいはエリート、というやつなわけである。
しかし、そうであるとすると、今度はエリート同士の戦いが起こったときに何が起こるかということになるが、たいていの場合、棲み分けができているが、時として、その定義部分の解釈を巡って争うことになる。ここでは、幼稚園と保育園はどっちが子供を育てるのにいいでしょうか、とか、いや一緒には絶対できません、とかいう訳の分からない戦いになったりする。
人間の感情は今後どう変化していく?
ここでひとつ問題なのは、元々人間というか、動物が自然的に持っている「感情」というものがある。
例えばある価値あるものを巡っていくらかの人間が衝突したとして、感情に振り回される人間は、はっきり言って不利な地位に置かれると言って良いだろう。まず感情的になった時点で言葉の戦いで相手に攻撃を行うための「理屈」を紡ぐことができなくなるし、感情的に他人を害する存在というのは、この抽象化された社会においては単なる害悪として処理されるからだ。その理由は暴力が野放しになると社会が維持できなくなるためである。
そこで、まずは感情をコントロールし、自らが生きるフィールドの中で得られる価値を敵と取り合う、言い換えれば「戦う」わけだけれども、そこでは、特に抽象化された言葉によって、自分の行動が全体の利益になるとかなんとか言って、相手が動員できる「共感パワー」を超えなければならない。
軍隊や警察などの暴力装置自体が、社会のためのシステムと統合されてしまった今日においては、もはや暴力は役に立たず、抽象的な言葉によって他人を意のままに動かす人間こそが天下をとるようになるからだ。
しかしこれとて万能とは言えない。言葉を発さず、あるいは理由がなく、ただマイナス感情に裏付けられた無差別の暴力(テロ)は、そこで天下を取ったつもりの人間を一瞬にして抹殺することもあるのだから。そのためには仮にうまくいっていても無言の悪意には気をつけなければならない、ということになる。
こうして考えてみると、人間という存在自体が、ある特定の「形」に向かって強力な淘汰圧をかけられているような気持ちになる。
暴力を好まず、感情は抑えつつ、言葉巧みで、人からは好かれる、という。
未来人はそんな人間ばかりになるのだろうか?
2010年11月11日木曜日
sengoku38さんはどうなってしまうの
中国の漁船が日本の巡視船にぶつけてきた問題だけれども、結局、海上保安官ことsengoku38氏から事情を聞いているという話で、まあ、日本は一種の「祭」状態になっている。しかし、この人を有罪にするとなった場合、その義憤に燃えてやった行動が社会的に、処罰あるいは制裁される、ということになるわけだが、それが今の政府がどの程度できるのだろうか?とつい考えてしまう。
かつて中曽根政権下では、大韓航空機が領空侵犯して当時のソ連の軍用機に撃ち落とされた事件があった時、一時、日本領内で撃ち落とされたのでは?という憶測もあったものを、その時は自衛隊のレーダーで傍受していた内容を公開した。防空能力が知れ渡るからよくないという反対論を押し切って。
一方、今回の問題の発端は日本政府自体が、中国漁船から衝突してきたのに、それを公にせず、そのまま一般に公開をしないままウヤムヤにしようとしていたというところであった。特に仙石官房長官がAPECに影響するから船長を早く釈放しろと言ったなどの伝聞も相まって、この犯罪(?)者たるsengoku38氏よりは、むしろ今の政府を批判する人が多いのは当然だろうと思える。
つまり「日本のみんなのためにがんばっているのはどっちでしょうか?」という問題である。
政府がこの事件を発表しないことが原因の一つだったわけだけれども、それを義憤にかられて公開した人間を罰せるかどうか、あるいは罰することがどの程度できるのか?非公開という判断に問題はないのか?非常に論点が多い。
実は誰かが海に落ちて中国人に銛で突かれたなどという噂もあり、裁判ともなればその辺も明らかになってしまうかもしれない。そうなったら政府はどう釈明するのだろうか。
この映像の非公開という判断は、日本の一般国民の代表たる日本政府のするべき振る舞いというよりは、中国政府日本支店と呼ばれても仕方がないような気もする。あるいは、インターネットが普及した現在の社会における情報伝播力を、弁理士でもあるはずの菅総理ですら、よく理解していないのかもしれない。
中国人民も「実際のところはどうなんだんべ?」ということで、検閲をかいくぐっていろいろと考えているのかもしれない。
「英雄」中国船の船長さんの行方は?
しかし、冷静になって考えてみると、「犯罪では、最も得をするやつが大抵は真犯人」ということもある。
で、今回の事件の中国側の船長はすでに失踪、あるいは行方不明らしい。
一般的には中国の軍人がやって、軍に戻ったのだろうという話もあるけれども、本当のとこ、日中関係が悪い方が得になる、という勢力がいるのかもしれない。
既に日本と中国との貿易額はアメリカとのそれを額で超えており、中国と日本が組むことを気持ち的によしとしない勢力もある。中国は中国で、日本を差し置いてアジアのリーダーとして覇権的な地位を確立するため、プレッシャーをかけた方がいいと思う勢力もあるかもしれない。
で、その船長が本当の黒幕が誰かってしゃべる前に口封じのためにコロされちゃった可能性もあったりもするわけで、この辺の闇の部分が表に出ないことには真相というのはまだまだわからない。
まあ、今確実に言えるのは、日本人の対中感情が悪化することと、民主党の支持率が下がることぐらいだろうか。
それがどっちに転がって、どういう結果になるのかはまだよくわからない。
おまけ:
「自作自演の歴史から学ぶ」
http://www.qualitysaitama.com/?p=9303
この人○IAじゃないのか(笑)
※6:19あたりを見てそう思いました(・∀・)
かつて中曽根政権下では、大韓航空機が領空侵犯して当時のソ連の軍用機に撃ち落とされた事件があった時、一時、日本領内で撃ち落とされたのでは?という憶測もあったものを、その時は自衛隊のレーダーで傍受していた内容を公開した。防空能力が知れ渡るからよくないという反対論を押し切って。
一方、今回の問題の発端は日本政府自体が、中国漁船から衝突してきたのに、それを公にせず、そのまま一般に公開をしないままウヤムヤにしようとしていたというところであった。特に仙石官房長官がAPECに影響するから船長を早く釈放しろと言ったなどの伝聞も相まって、この犯罪(?)者たるsengoku38氏よりは、むしろ今の政府を批判する人が多いのは当然だろうと思える。
つまり「日本のみんなのためにがんばっているのはどっちでしょうか?」という問題である。
政府がこの事件を発表しないことが原因の一つだったわけだけれども、それを義憤にかられて公開した人間を罰せるかどうか、あるいは罰することがどの程度できるのか?非公開という判断に問題はないのか?非常に論点が多い。
実は誰かが海に落ちて中国人に銛で突かれたなどという噂もあり、裁判ともなればその辺も明らかになってしまうかもしれない。そうなったら政府はどう釈明するのだろうか。
この映像の非公開という判断は、日本の一般国民の代表たる日本政府のするべき振る舞いというよりは、中国政府日本支店と呼ばれても仕方がないような気もする。あるいは、インターネットが普及した現在の社会における情報伝播力を、弁理士でもあるはずの菅総理ですら、よく理解していないのかもしれない。
中国人民も「実際のところはどうなんだんべ?」ということで、検閲をかいくぐっていろいろと考えているのかもしれない。
「英雄」中国船の船長さんの行方は?
しかし、冷静になって考えてみると、「犯罪では、最も得をするやつが大抵は真犯人」ということもある。
で、今回の事件の中国側の船長はすでに失踪、あるいは行方不明らしい。
一般的には中国の軍人がやって、軍に戻ったのだろうという話もあるけれども、本当のとこ、日中関係が悪い方が得になる、という勢力がいるのかもしれない。
既に日本と中国との貿易額はアメリカとのそれを額で超えており、中国と日本が組むことを気持ち的によしとしない勢力もある。中国は中国で、日本を差し置いてアジアのリーダーとして覇権的な地位を確立するため、プレッシャーをかけた方がいいと思う勢力もあるかもしれない。
で、その船長が本当の黒幕が誰かってしゃべる前に口封じのためにコロされちゃった可能性もあったりもするわけで、この辺の闇の部分が表に出ないことには真相というのはまだまだわからない。
まあ、今確実に言えるのは、日本人の対中感情が悪化することと、民主党の支持率が下がることぐらいだろうか。
それがどっちに転がって、どういう結果になるのかはまだよくわからない。
おまけ:
「自作自演の歴史から学ぶ」
http://www.qualitysaitama.com/?p=9303
この人○IAじゃないのか(笑)
※6:19あたりを見てそう思いました(・∀・)
2010年11月2日火曜日
某優良企業の憂鬱
某優良企業の偉い人とあった。
その話というのは、(社員の採用時において)「最近、若い人の中でも薬物汚染が拡がっているが、検査とかは可能なのだろうか」というものであった。結論としては「ありますよ」という話なのであるが、問題なのはその検査なるものが、どれぐらいの精度で結果を得られるのか、というものとなった。
で、某医師に相談したところ、確かに尿でも血液でも、検査の前に酒井○子のようにどこかに隠れるなどして、時間をかけて薬を抜けば、検査結果は「シロ」と判定されてしまうものらしい。
しかし、実際にはもっとそれを見分ける確実な方法があるのだそうだ。
それは「腕を見る」ことであり、腕にもしそれらしい注射跡を見つけたら「隠しちゃいけないよなっ?(´∀`)」と言って軽く肩を叩くと、本人はたいてい白状するので、それでわかるものらしい。
一見、カタギ風の人でも身体のそれらしいキズを見ると、その人の人生というのが意外に結構色々わかってしまうものらしい。
そういえば、たまに女の子でも手首にいっぱい傷跡があったりするのをみて、ビックリしてしまうことがあったりする。
何でもいいけど、入れ墨を彫ると肝臓ガンになりやすいらしい。で、身体が一生懸命代謝して、きれいになっても「色が落ちた」と言ってまた彫って色を入れるらしい( ゚д゚ )
健康マニアの自分には想像もできない世界がそこにはあるようだ。
その話というのは、(社員の採用時において)「最近、若い人の中でも薬物汚染が拡がっているが、検査とかは可能なのだろうか」というものであった。結論としては「ありますよ」という話なのであるが、問題なのはその検査なるものが、どれぐらいの精度で結果を得られるのか、というものとなった。
で、某医師に相談したところ、確かに尿でも血液でも、検査の前に酒井○子のようにどこかに隠れるなどして、時間をかけて薬を抜けば、検査結果は「シロ」と判定されてしまうものらしい。
しかし、実際にはもっとそれを見分ける確実な方法があるのだそうだ。
それは「腕を見る」ことであり、腕にもしそれらしい注射跡を見つけたら「隠しちゃいけないよなっ?(´∀`)」と言って軽く肩を叩くと、本人はたいてい白状するので、それでわかるものらしい。
一見、カタギ風の人でも身体のそれらしいキズを見ると、その人の人生というのが意外に結構色々わかってしまうものらしい。
そういえば、たまに女の子でも手首にいっぱい傷跡があったりするのをみて、ビックリしてしまうことがあったりする。
何でもいいけど、入れ墨を彫ると肝臓ガンになりやすいらしい。で、身体が一生懸命代謝して、きれいになっても「色が落ちた」と言ってまた彫って色を入れるらしい( ゚д゚ )
健康マニアの自分には想像もできない世界がそこにはあるようだ。
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